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青い鳥見つけた

自然や生き物、神仏など、写真付のブログです。

水屋神社2

約2か月ぶりの更新となってしまいました。

水屋神社の続きです。

水屋神社の宮司さんはとても気さくな方で、資料館の中を色々と説明をしてくださいました。

資料館には、様々なものが所狭しと展示してあり、宮司さんのお母様の嫁入り道具のかさとか、寺小屋の教科書、戦時中の赤紙等々、歴史がいっぱい詰まっています。

水屋神社に行った際には、ぜひ立ち寄ってみてください。

宮司さんお母様の嫁入り道具の傘
宮司さんお母様の嫁入り道具の傘

船箪笥(金庫です)
船箪笥 金庫

砲弾のやっきょう
砲弾の薬きょう

農機具
農器具

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水屋神社1

最近忙しくて、久々の更新となってしまいました。

皆さんのところにもご訪問できなくて申し訳ありませんでした。

今日は三重県 松阪市の水屋神社を紹介します。

水屋神社様のホームページから一部抜粋させていただきました。

創建
大和の春日大社の安在所として天児屋根命を奉斎。
その後、大化4年(648)奈良の三笠山から素盞鳴命、龍神姫命を勧請。
和銅3年(710)興福寺東門院領「閼伽桶の庄」となり、慶長5年(1600)関ヶ原合戦以降伊勢領となる。
 
ご由緒
 垂仁天皇25年(紀元前51年)天照大神が当地に巡幸された際、この地に鎮座しておられた春日の神と議って川中の巨石を以って伊勢・大和両国の境とした。
 里人は今もこの巨石を「礫石(つぶていし)」、また、その付近を「堺が瀬」と呼んで慕っている。 神社名(水屋神社)・所在地(赤桶)・特殊神事・(水取り)祭神(龍神姫)などすべてにわたって水との関わりがあり、当社の西方約700メートルのところには「閼伽桶(あかおけ)の井」がある。
 旧記・古文書の類にはこの「閼伽桶の井」の神水を二振りの桶に汲み、貞観元年(859)11月9日より春日大社への奉納を始め、天正5年(1577)の兵乱で中絶したとある。しかし、細々ながら神水はその後も当社へ奉納されてきた。

水屋神社1


水屋神社2

水屋の大楠
水屋の大楠

けやきの根
けやきの根


神社から少し車で移動した所にある「閼伽桶の井」
閼伽桶の井

倭姫姿見の池
倭姫姿見の池

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三峯神社

朝晩いつも三峯神社の方向に向かってご挨拶をしていますが、ここ最近、ずっと三峯神社に行きたい気持ちになっていたので、急きょ秩父の山の上にある三峯神社に行ってきました。

御祭神は、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)

修験の祖、役の小角(えんのおづぬ)が修行したとも伝えられています。
また、弘法大師空海が十一面観音の像を刻み、三峯宮の脇に本堂を建てて、天下泰平・国家安穏を祈ったそうです。


お食事とおみやげの大島屋さん
ここの女将さんにはとっても元気で面倒見のよい方でいらっしゃいます。
大島屋さんには、三峯に桔梗を植える事になった折、大変お世話になりまりました。
大島屋1

大島屋さんは、鳥居の真ん前にあります。
大島屋2

みそこんにゃくは最高においしいです!
大島屋さんのみそこんにゃくを食べたら、他では食べられなくなります。大島屋さん手作りのみその味はとっとも美味しいです。
みそはおみやげとしても売っているので、もちろん買って帰りました。
味噌こんにゃく

お店のベランダにはヤマガラ(かな?)がやってきます。
鳥


山門
三峯神社山門

祓い串
手水舎が凍っているそうで、この祓い串で清めます。
祓い串


本殿
三峯神社1

三峯神社2

奥宮
遥拝所から奥宮を望む。
今回は行きませんでしたが、神社から徒歩で約1時間位だったように思います。
山道にはまだ雪が残っていますね。

三峯神社奥宮

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出流山満願寺

真言宗智山派 出流山満願寺(いずるさんまんがんじ)

板東33ヶ所観音霊場十七番札所

弘法大師作の千手観音菩薩がご本尊です。
日光山を開かれた勝道上人によって天平神護元年(765年)開創。 



出流山満願寺1


出流山満願寺2


出流山満願寺3

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鹿島神宮

茨城県 鹿島神宮
ご祭神は、武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)

武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)、経津主神(ふつぬしのかみ)とともに、葦原中国を平定した神様。

千葉県の香取神宮には、経津主神がお祭りされています。

この両神は奈良の春日大社に勧請され神様です。


本殿
鹿島神宮1


2月3日の節分祭には、関取や鹿島アントラーズの選手が来るようです。
鹿島神宮節分祭


奥宮
鹿島神宮奥の宮

美味しそうなお団子です。
食べなかったけど・・・
お団子

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身代大師御守り

お正月に家に来られた方に身代大師御守りをお渡ししていますが、今年も新しい御守りをお渡ししました。
すると、昨年渡した方から、
「御守りの中のお大師様がいなくなってしまいました。しっかり蓋もしまったままだったのに・・・・」

よくある話!?ですが、原因を証明することはできないので、
「身代りの御守りなので、きっとお大師様が何かの代わりになってくださったのですよ。」
ということに。

確かに蓋がパチッとしまっていれば、中のお大師様がなくなることはありえない。

他にも、御守り自体がどこかにいってしまったという方も・・・

不思議と言えば不思議だし、そうじゃないと言えばそうじゃないけれど、うちでも夜 お経を唱えていたら部屋の後ろの方が光ったとか、気のせいかもしれないこともあるし・・・

お正月だし、昨年もみんな無事過ごせて良かったねということで一件落着。


身代大師守り1

身代大師守り2

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日光観光

先週、親戚が来ていたので、日光観光に行ってきました。
でも最初は、二荒山神社にご挨拶です。

いつもの日光定例参拝ではなく観光ですが、日光は何回行ってもいい所です。
でも、観光としていく場所はやっぱり混んでいます。
特に海外からの観光客が多かったです。

灯篭



象全体

象

経蔵
天海版の一切経を収めた建物。内部に輪蔵という八角形の輪転式の大書架がありますが、中は見ることができません。
輪蔵




陽明門の中

壁の彫刻

中禅寺湖、華厳の滝と男体山
中禅寺湖 華厳の滝 男体山

いろは坂
いろは坂

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少林山達磨寺

群馬県高崎市の少林山達磨寺(曹洞宗寿昌派)

霊符尊光臨の吉日である1月7日に、だるま市が行われて、大勢の参詣者で賑わいます。
世界平和を祈願して、大般若経六百巻の転読法要も厳修されます

総門
総門

観音堂
十一面観音菩薩が祀られています。
観音堂


霊符堂 本堂です。
北辰鎮宅霊符尊[ほくしんちんたくれいふそん]と達磨大師が祀られています。
霊符堂

霊符堂2


達磨堂
色々な達磨さんが展示されています。
達磨堂

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不思議回顧録-赤い首輪の白猫(後編)

赤い首輪の白猫の後編です。

白猫に会って、あれから1、2週間後位の頃だっただろうか。

土地を探していたのだが、気に入った物件がなかなかみつからないでいた。
そんな折、営業の方から再び連絡があり、一緒に物件を見に行くことになった。

その場所に着いてみると・・・・

白猫がその土地の片隅に座って、こちらをじっと見ている。
赤い首輪は・・・・・している!

白猫と目が合うと、すぐにどこかにゆっくり歩いて行ってしまった。

ここは、栃木。秩父で見た白猫であるはずはない。

偶然もここまで続くと、何か意味があるのではないかと思ってしまう。

気になるのは、最初の時に自分から寄ってきて足元でゴロンとしたくせに、噛みつかれた事。

白猫には気をつけた方がいいという事か。

それとも赤い首輪をした白猫を印象つける為に、噛まれたり、帰りの車の中でも見たりしたのか。

結局、その土地に決めたのであるが、悪いことはおこっていない。
むしろ、感謝するほどありがたいことばかりである。

家のすぐ近所に白猫を飼っているお宅があるので、「赤い首輪をつけていたことがありますか」と尋ねてみたのだが、首輪はつけたことがない、との事。


その時を最後に、赤い首輪をした白猫は一度も現れなくなった。


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不思議回顧録-赤い首輪の白猫(前編)

相馬中村神社で猫がでてきたので、猫にまつわるお話をします。

秩父三十四観音霊場巡りをしていた時のお話。

ある霊場に行った時、駐車場がなかったので少し離れたところに車を止めて、お寺に向かって歩いた。
途中の家の庭先にタイヤが4本積み重なっていて、その上に白猫が日向ぼっこをして寝ていた。
それを横目で見ながら、お寺に行ってお参りをすませて、また同じ道を駐車場に向かって歩いていた。

先ほどの白猫はまだ気持ちよさそうに日向ぼっこを続けている。
と、通り過ぎようとした時、白猫が起き上がってこちらに寄ってきた。
赤い首輪をしているし、恐らくその家の飼い猫なのであろう。
足元まで寄ってきたかと思うと、ゴロンとする。
人なつっこいなぁと思いながら、撫でてあげようと手を出した途端、両前足の爪をたて、腕を抱え込むように押さえつけ、手に噛みついてきたのだ。

セーターを着ていたので、腕はなんともなかったのだが、手は血が出るほど噛まれてしまった。

自分から寄ってきておいて、何をするんだこの猫は・・・と思いながらも気を取り直して、車に戻り次のお寺に向かった。

そして、何か所かのお参りをすませて帰路についた。

もうすっかり日も暮れている。

国道何号線だっただろうか? 比較的交通量も多かったが、渋滞するほどではなく車は走っている。

すると、左の歩道に白い猫が歩いている。しかも赤い首輪までしている。
その猫は、そのまま空き地に入って行った。
車は走っているので、それ以上は確認できなかったが、さっき猫に噛まれたところからはかなり車で移動しているので、絶対に同じ猫であるはずはない。

手を噛まれた印象が強かったので、空き地に入っていた猫が赤い首輪をしているように錯覚で見えたのだろうか
?ちょっと不思議な感覚を覚えながらも、今日は、赤い首輪をした白猫によく会うねぇなんて話ながら、家に帰ったのであった。

続く

こちらは、オレンジ色の首輪をしていた頃の獅子丸
家でシャンプーしてもらってぼさぼさになってしまいました。

オレンジ首輪の獅子丸ぼさぼさ

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福島県 相馬中村神社

2005年9月11日 福島に行った折、途中に神社があったので立ち寄りました。

相馬中村神社

御祭神は天之御中主神

以下、相馬中村神社のホームページから抜粋させていただきました。

相馬中村神社のはじまりは、社伝によれぼ今からおよ三千余年前の承平年聞(九三一~九三七)相馬家の先祖平将門が下絵の国猿島郡という所に妙見社を創建し七戟勝を祈願併せて国家安泰、国民諸業の繁栄を祈念したことにはじまり、後孫師常公(平泉征伐の功により源南朝から奥州相馬の地を与えちれ、奥州相馬氏の祖七なったが、この時はまだ奥州には来ていない)がやはり下絵の相馬郡に社殿を建てたと伝えるのち元亨三年(一三二三)になって、師常より六世の孫相馬孫五郎重胤公が鎌倉からはじめて奥州行方郡に移るや同時に妙見雨を太田にうつし(奥州下降のとき鎮守妙見の神輿に遷従し相馬公と同行した雨宮は田代左衛門大夫信盛にて現宮司些二十九代の子孫にあたる)正慶元年(一三三二)小高に築城してうつる時、また神社も小高にうつしさらに慶長十六年(一六一一)相馬利胤公相馬中村に城をうつした時妙見社も中村城の城内にうつした。これが今の相馬中村神社である。


平将門には何かと縁があります。

相馬中村神社1

相馬中村神社2


猫が階段を登ってきました。
かなり人なつっこい猫です。
相馬中村神社3

気がつくと、国王社(平将門公をお祀りしている)の前で寝そべっていました。
相馬中村神社4

相馬中村神社5


帰り際に神社の方が、福島のしゃべり方と違うのでどこから来たのかと声をかけてくださいました。
栃木から来たと言うと、その方も以前栃木県の足利にいたことがあるというので、ローカルなお話をさせていただきました。
蛇まで出てきました。
相馬中村神社6
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石清水八幡宮

京都の石清水八幡宮。

弘法大師の弟子の大安寺の行教が宇佐神宮に参詣した折に「われ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」との神託を受けて、清和天皇の命により社殿を建立したが創建。

平将門の乱の時にも、朝廷からのご請願もありました。

清和天皇の嫡流である源氏の氏神としても有名です。

境内には、楠木正成手植えの大楠や、織田信長奉納の「黄金の樋」、「信長塀」もあります。

新太平記には、新田義貞勢と足利尊氏勢との戦いの折、新田勢の北畠春日少将顕信、新田義興が4か月もの間、石清水八幡宮にたてこもっていた。
足利勢は源氏であるため、新田勢を攻める高武蔵守師直は、源氏の氏神である石清水八幡に絶対に火をつけることなく落とすように厳命されていたにもかかわらず、北畠を落とすために火を放ってしまった。
これにより石清水八幡は落ち、その数日後には大将軍新田義貞も戦死した。


石清水八幡はあまりよい写真がなかったので一枚だけ載せてみます。
石清水八幡宮

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宇佐神宮

八幡宮続きで、大分県の宇佐神宮です。

宇佐神宮は全国に4万社あまりある八幡様の総本宮。
725年に創建です。

本殿は国宝にもなっています。

宇佐神宮3

宇佐神宮1

宇佐神宮5

宇佐神宮2


宇佐神宮4

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筥崎宮

福岡市の筥崎宮

筥崎八幡宮とも言い、宇佐八幡宮、石清水八幡宮とともに日本三大八幡宮に数えられています。


筥崎宮敵国降伏

筥崎宮

筥崎宮御祭神

湧出石1

湧出石2

筥崎宮3

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日光二荒山神社定例参拝

10月2日は、日光二荒山神社の定例参拝に行ってまいりました。
風邪をひいてフラフラでしたが、なんとか無事行ってきました。

奇しくも、10月2日は慈眼大師天海の命日でした。



日光二荒山神社1


日光二荒山神社2


瀧尾神社周辺

東照宮の環座前は、瀧尾神社周辺が日光参拝の中心でした。
瀧尾神社1

瀧尾神社2


影向石(ようごうせき)
弘法大師が大岩のあたりで、神霊の降下を祈願したところ、美しい女神が現れたと伝えられている。
瀧尾神社影向石


三本杉
弘法大師が修行中に、田心姫命が現れた場所と伝えられている。
瀧尾神社三本杉

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香椎宮

福岡県福岡市 香椎宮

御祭神 第14代天皇の仲哀天皇、神功皇后

香椎宮1


香椎宮3


香椎宮2

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博多櫛田神社

博多総鎮守櫛田神社

神社のすぐ近くにあるビジネスホテルに泊まったのですが、夜中に火災報知器が鳴り出し、スピーカーから火災発生の自動音声が・・・
確か、6Fか7Fだったか最上階に泊まっていた。
かなり危険な状況。

ベッドから飛び起きて浴衣から着替えて、荷物をカバンに入れ全て持って部屋をでる。→着替えずに荷物なんか持たずに逃げましょう!

非常階段ではなく、なぜかエレベーターの方へ。→エレベーターに閉じ込められる危険があるので、絶対エレベーターを使ってはいけません。非常階段で降りましょう!

エレベーター来るのを待っていると、エレベーター横の部屋から外人さんが出てきて、
「すみませ~ん。間違いました。」と。

んっ?と思い、間違って火災報知機のボタンを押したのですかと聞くと、
「はい」と・・・・

部屋に戻り荷物を置いて、念の為ロビーまで非常階段で降りる。→何で今度は非常階段で降りるのか、不可思議な行動をとるリュウキョウ。

ホテルの外には着の身着のままの人たちでごった返している。

のんびりロビーに降りてきたころには、誤報であることが確認されたらしい。
それではと、非常階段で部屋に戻る。
また、浴衣に着替えてそのまま爆睡。

なかなか体験することができないような、ちょっとびっくり体験でした。

落ち着いて行動するということ以外は、やってはいけない行動事例を全て行ったリュウキョウでした。
落ち着き過ぎてもいけません!

櫛田神社とは関係ないお話になってしまいました。



博多櫛田神社1

博多櫛田神社2

博多総鎮守

霊泉鶴の井戸


博多櫛田神社3

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宗像大社

福岡県宗像市 宗像大社

御祭神は天照大神の三柱の御子神である三女神
田心姫神(たごりひめのかみ)
湍津姫神(たぎつひめのかみ)
市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)

宗像大社2

宗像大社1

宗像大社4

高宮
古代祭場です。
普段は中に入れないのですが、中に入れて頂き参拝させていただきました。
早朝参拝はいいことがあります。
薄暗かったので、かなりぶれてしまいました。
宗像大社3

宗像大社高宮


宗像大社 舞

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霧島神宮

霧島神宮古宮址(霧島神宮古宮址天孫降臨神籬斎場)
元々は、高千穂峰と噴火口の中間にあったようですが、噴火の為に炎上。
950年に天台宗の性空上人がここ高千穂河原に再興。
1234年の噴火により災禍にあい、その後今度は真言宗の兼慶上人が再興。

後ろの山が高千穂峰です。
ここから登って行きます。
霧島神宮古宮址2


霧島神宮古宮


こちらは現在の鹿児島県霧島市 霧島神宮
御祭神
天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊(あめにぎしくににぎしあまつひたかひこににぎのみこと)
霧島神宮2

霧島神宮1

霧島神宮3

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高千穂峰 天の逆鉾

九州 宮崎県高原町 高千穂峰。
天孫 瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が降臨されたところです。

坂本龍馬がおりょうと新婚旅行に来た場所でもあります。
龍馬は、逆鉾を引き抜いたという話も伝わっています。


高千穂峰3

高千穂峰4

高千穂峰1

高千穂峰2

天の逆鉾
約1.3mの大きさ。
だれが作ってここに刺したのか、その起源はわかっていません。

逆鉾は火山の噴火で折れてしまい、現在のものはレプリカだそうです。ただ、地中に残っている柄の部分は本物。
折れた刃の部分は、近くの神社に奉納されたけれど、その後人手を渡っているうちに、現在行方はわからなくなってしまったようです。
誰かが、家宝としてひっそりと持っているのかもしれませんね。

天の逆鉾1

天の逆鉾2

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